アメリカに来てみての本題はここからです。
アメリカに来てみてまず思ったのが、すべてが効率よく出来ていること。
高速がよく整備され、モールが各地にあり、人々は適度に離れて暮らしていて生活に不便を感じることがない。
特に、車椅子でも通れるところがいたるところにあり、人に優しい。
大学も整備されていてきれいだ。
でも、何か物足りない。
何が物足りないんだろうなとよく考えてみたら、
不便さが足りなかった。
学食でもさっと出てきて、さっとクレジットカードでお金を払って、ゆったり確保された座席で食べる。
あっという間に食事が終わる。
お金と車さえあれば、すべてを効率よく行うことが出来てしまう。
不便さがないので、この社会ではゲームとかドラマとか、架空の不便さがよく売れるんだろうなと思った。
便利にし過ぎて、架空の不便さが必要になる。
人は便利になるだけでは生きていけそうにもないことを感じた。
日本も何でも便利になればいいというアメリカと同じ方向に向かっていると思うので気をつけなければいけないと強く感じる。
日本に残る不便なものをもっと大事にしたいものだ。
お寺とか、段畑とか、木の船とか、たぶん一度失ったらもう一度作り上げるのはかなり困難だと思う。
おそらく、不便さをよしとする行為は芸術と言われるものなんじゃないかと思う。
思いっきり便利に作るという芸術もあるかもしれないけど、たぶんそれを実現しても使うのは人間だから、成熟すればいずれ芸術的な使い方をしていくんだと思う。
思いっきり芸術的なものを便利に工夫しながら使うと言う芸術があるのと同じなのかも。
いずれにせよ、人が求める必要があるのは便利さだけじゃないと言うことがアメリカに来てわかった。