Archive for 4月 25th, 2009

サンカラその1-1972年2月6日

4月 25th, 2009

1972年2月6日に僕は生まれたらしい。1972年2月6日にそれほどの意味があるとは思えないが、この37年間、重要な書類には必ず1972年2月6日生まれと書かされる羽目になった。そして僕は毎年2月6日を迎えるたびに周りの人から祝ってもらっている。

そう考えると人はつくづく物事を単純にしたがると思う。確かに、1972年2月6日の雪の降る深夜、胎盤に包まれた僕の体がこの世に吐き出された。その瞬間から、僕は呼吸をし、泣く事をはじめ、別の生き物となった。それをみんな口をそろえて誕生日だという。

だけれども本当は僕がいつどこで誕生したのか考えれば考えるほど分からなくなってくる。受精した瞬間が僕の誕生した時だったのかも知れないし、卵子と精子だった時から僕は僕だったのかもしれない。そう考えると、僕は卵巣と精巣でバラバラに生まれていたのかもしれない。

いや、もしかしたら僕の父親が宮島で勇気を出して母親に声をかけたときが僕の誕生だったのかもしれない。

そう考えると僕はその昔どこにも存在していなかったのだ。存在するかどうかも分からない状態だった僕が、いつの間にか物質をかき集め、僕と言う形を形成し、僕と言う意志を持ち、僕と言う生き方をしている。

僕は愛と言うものの線上に存在するのかもしれないし、性欲の末の産物かもしれないし、エゴの塊かもしれない。

僕は一体何度精子になり、何度卵子になりここまでたどり着いたのだろうか。とてもじゃないけど1972年2月6日に生まれたと簡単には言い切れないほどのものが僕の体の中に入り込んでいるような気がする。

男の乳首について

4月 25th, 2009

高校の頃の担任の数学の先生が「男の乳首がなぜあるか不思議でしょうがない。」と言っていた。

「男は母乳を子供にあげないから必要ないのに乳首がついている。」

「ずーっと考えているがいまだにわからん。」

としきりに言っていた。

僕は自分なりの答えを持っていたのでアホやなあこの先生と思っていた。

自分がそういうことを考えていると言う事を生徒にアピールしたかっただけで、まじめには考えていなかったんじゃないかなと思う。そうでなければ本当にアホやなと思う。

いや別にその先生が男の人になぜ乳首があるかの答えを持っていなかったからといって軽蔑をする気は毛頭無いが、

オレはいろいろ考えているんやで~

みたいなアピールをしている時点でもうあんまり物を考えていない証拠じゃないかなと思っていた。

せめて自分なりの考えを示してから生徒に語りかけるべきだと思うのだが、分からないと言う事を語りかけるのに自分は考えていると言う事をアピールする以外になんの目的も価値もないんじゃないかと思う。もしくは、お前らも当然分からんやろという見下した感覚だろうか。そういうことに敏感に反応していた自分も若かったんだなあと思う。まあ、答えは持っていてもその先生は嫌いだったから教えなかったけど。

その当時僕は、男に乳首がある理由は、

人は生まれたときには男にでも女にでもまだどちらにでもなれる体が与えられているからじゃないかと思っていた。子供の体はまだ男になるか女になるか命令を受けていないわけだからどちらにでもなれる体じゃないと困るんじゃないかなと思っていた。

大人になった今、同じ事を聞かれたら、

性感帯の一つとして利用するため

とか

趣味で猫に吸わせるため

とか

乳毛で隠すため

とか答えるだろう。

理由は幾らでもあるはずだ。