客観的
思えばこの言葉にずいぶん振り回されたかもしれない。
僕は思いっきり理系人間なので、物事を客観的に見たり、科学的に見るということにこだわってきた。
そして、物事を客観的に見れると信じてきた。

カナダの木の写真
しかし、自分が客観的に物事を見れると思っているということは怪しいものである。
科学だってかならず主観の部分は入ってきているわけである。
その現象がなぜ面白いのか、なぜ研究する価値があるのかなんて考えていたら必ず主観的な嗜好などの部分に衝突する。
人が関わるもので完璧に客観的になれるわけがないのである。
今の僕は、物事を客観的に見れるはずがない、できるだけ客観的に見るように努力し続ける必要がある
という立場である。
何億、何兆通りも物事の見方がある中ですべてを吟味して客観的に考えるなんて不可能である。
不可能であると知っているほうが、可能であると偽りの客観的を信じるよりもいい気がする。