Archive for 7月 11th, 2009

Total O 理論

7月 11th, 2009

トータルO理論をご存知でしょうか?

これはたった今僕が考えた理論なので誰も知るはずがありません。

昨日、研究室の研究室のボスの妻でポスドクのアメリカ人と激しい議論をしました。彼女は生き物の遺伝子発現を調節するプロモーターの研究(マウス)をしているのですが、哺乳類とホヤとの遺伝子調節の制御レベルは一緒だというのです。僕は、ホヤのほうが遺伝子調節の仕方はあいまいで、あまり制御されていないという考えを持っていますから、意見が少し衝突しました。

彼女の考えでは、生き物はシンプルに見えても調節レベルが劣っているとか、劣っていないとか考えるのはおかしいといいます。哺乳類は哺乳類でパーフェクトと思うかもしれないが、ホヤはホヤという生き物として形作るためにパーフェクトな遺伝子発現がされているはずだから、プロモーター制御も同じだけコントロールされていると考えているそうです。進化の考え方でそういう理屈があるのかも知れませんが、僕は彼女の考え方には少し思考が停止してしまっている部分があると感じました。

僕の考えでは、ホヤのプロモーターによる遺伝子調節は哺乳類のそれよりもあいまいである。これは、いろいろな例を見てきて事実だと思うし、器官の複雑さや発現している遺伝子の数がそもそも違うし、ゲノムのサイズも違う。そして、プロモーターが複雑でない分細胞分裂や遺伝子の偏りなど別の部分で補っているからホヤの形としてはいつも同じ発生ができるようにコントロールされているんじゃないかと漠然と考えていました。

議論している時はお互いに相手の言っていることが理解できずに話は平行線でした。

だけれども、彼女の言いたいことを良く考えていると、「トータルO理論」が出来上がりました。

たぶん、世の中のいろいろなことはトータルとして一緒なんだと思います。人間が何をしようとしまいとトータルは一緒。一見、すごく何かが変わっているように見えますが、トータルとして同じ。只、チョイスが違っているだけなんだという理論です。

例えば人間は車を作りあげました。そのことによって何が起こったのかと、車を作らなくて何が起こったのかを比べると結局トータル一緒という理論です。

車を作ると努力・勉強・失敗など数々の努力が必要 しかし、達成感が得られる。車を利用して便利な生活ができる。資源が必要になってくる。(人間にとっては)環境破壊も同時に起こる。

車を作らないと、努力・勉強・失敗などが必要ないので楽。しかし、達成感もないし、便利な生活もできない。資源は必要ない。環境破壊も起こらない。

こういう、一見車を作っているほうがより何かをしている気がするが、それは人間の立場からみた達成感とか便利な生活があるからそう感じるだけで、実際には失っているものもある。

ただ、勘違いしてはいけないのは、何もやらないほうが良いといっているのではなく、チョイスの問題であるということである。人は便利なものを作ったり利用したり、アイデアを実現したりする満足感というのを喜ぶんだと思う。たとえ、トータルO(オー)であっても人はやりたいようにやっていくだろうと思います。

生き物に話を戻すと、より複雑な生き物はより複雑な優れた器官を持っていろいろなことを達成している。しかし、そのことでより能力は特別化してしまっているので、柔軟さは失われてしまっているわけだ。複雑でない生き物は複雑になっていない分、柔軟さが維持されている。複雑になろうがなるまいが、トータルとしての何かO(オー)は一緒なんだ。

例えば、猫は脳が人間ほど発達していないので、人間社会で働くことはできないし、気ままに生きることができる。その代わり、いつも死という危険や空腹という危険の元にさらされている。人は脳が発達しているために、複雑な社会を形成して、そこで働かなくてはいけない。その代わりに医療や食料に関しては安心できるメリットがある。

このようにトータルO理論で考えると、何か努力したりしても結局はトータル何も変わらないのかとがっかりしてしまう人もいるかも知れないが、そこに気づかずに漠然と生きているよりも、トータル変わりないかもしれないが、より自分のやりたい方向に自分がチョイスして生きることの大切さを具体的に考えることで、よりチョイスの仕方に磨きがかかるんじゃないかと思う。

楽をして生きれば満足感はない。努力をして生きれば大変だが満足感がある。

どちらもトータル一緒なのだが、どちらをチョイスするかは好みの問題かもしれない。

マイマイカブリ

7月 11th, 2009

僕は子供の頃はとにかく虫や生き物が好きで、一日中公園や草むらに行って虫を捕まえて遊んでいた。そして、両親が買ってくれた「学習図鑑」と言うものを、何度も何度も眺めたり読んだりしてた。(参考昆虫 (ニューワイド学研の図鑑)

なかでも、特に「生き物」「さかな」「昆虫」「飼育」「動物」などがお気に入りだった。とにかくこいつらは表紙がぼろぼろになるくらいまで読みまくった。他の男の子が好きな「のりもの」とか「車」とかそういうのはまったく読まなかった。僕は絵を眺めるだけではつまらなかったので、書いている事を解読していたらいつの間にか文字も読めるようになっていた。僕の好きな単語は「サメ」とか「かぶとむし」とか「カニ」とかだった。

中でも衝撃的だったのが「マイマイカブリ」だった。マイマイカブリがカタツムリの殻の中に首をつっこんで肉にかぶりついている大きな挿絵があった。しかも、その図鑑によると、マイマイカブリはカタツムリの肉を溶かす唾液をはいて食べるそうなのだ。

僕は、カタツムリは自分の身を守ろうと硬い殻を作って持ち運んでいる。なのに今度はうまくカタツムリの殻の中に首を突っ込んで食べる生き物がいる。そういったことにとても衝撃を受けた。

そして、そういった虫を実際に見つけるのが僕の仕事だった。あの図鑑の世界が実際に世の中に存在する事なのかとても興味があった。そして、僕はある日、マイマイカブリを見つけた。道路の真ん中で車にひかれていたのだ。そこで注意深く辺りをみまわして、乾いた側溝の中にたくさんマイマイカブリがいる事を発見した。夢中になってマイマイカブリを捕まえた。

僕は実物に出会ったことで図鑑を眺めていたときよりも多くのことを学んだ。マイマイカブリは思ったより動きが早くへんてこな歩き方をする。これだけ早く動くとなると、カタツムリのような動きの遅い生き物はいちころにやられるだろうなあ。もしも自分がカタツムリだったらとてつもない怖い生き物だとか想像した。

しかし、マイマイカブリはなんとも気持ち悪い。実物を見て満足した僕は、好きだった恋人にある日突然幻滅したような感じでマイマイカブリに興味はなくなった。

>>マイマイカブリの写真などはこちらが詳しいです。