Archive for 2010年4月

事業仕分け

4月 28th, 2010

事業仕分け第2弾というものが行われています。

なかなか面白い試みだと思いますが、まだまだ改善の余地がありそうです。

今の仕分けの仕方では何の理念もなくいじくっているだけに見えます。

何の問題の解決にもなっていないのじゃないでしょうか。

例えば、こういった議論が交錯しています。

民業圧迫になるから縮小、廃止。

利益がないから縮小、廃止。

この理論は相反するもので矛盾しています。

利益を追求して利益を出せば民間に任せろ。

利益が出なければ必要ない。

これではたまったものではありません。

何を軸にして事業を行えばいいのでしょうか。

その基準も曖昧なまま上記理屈がまかり通っているというのは、ただ縮小する事が前提にあるように思えてなりません。

例えば、都市公団が縮小になりましたが、都市公団の意味は、民業に任せていたら劣悪で高い住居しか供給されなくなるから、住居の価格とつくりのある程度以上の基準を提示するという意味合いが強い。

これをすべて民業、利益追求に任せると、狭くて、つくりが悪い住居でどれだけ稼ぐかが目的となり、日本人の居住空間はどんどん悪くなっていくと思います。

たしかに、都市公団には天下りして楽に高い給料を得ている人たちがたくさんいるみたいですが、そういう人たちの給料をもっと安くしちゃえばいいだけなんじゃないか?

僕は、都市公団はちゃんと住む人から家賃を取って運営しているわけだから民業圧迫にはなっていないと思います。

むしろ、激安で賃貸している公務員住宅、議員住宅、郵便職員用の住宅などが民業圧迫と公務員だけの利益につながっていると思う。一人一人の額は小さいがかなりの金額になるだろう。

ああいうのを先に廃止するべきじゃないだろうか。もっと大きいお金が浮くでしょう。

昔の日本人は影でこそこそとおいしい利益を得るという事は嫌われてきたもんなんだけど、今じゃそれがまかり通ってしまっているんだよね。

日本人としての良心とか誇りがなくならないうちになんとかならないもんかね。

世界の通貨が同じだったら

4月 24th, 2010

カナダに住んでいるとカナダドルというものを使っています。

日本円と交換しないといけないので面倒。

時間によってレートも変わるし、ほんの少しのタイミングの違いで損をしたくないとかかんがえたら面倒。

いっそのこと、世界の通貨が同じだったら面倒もないのに。

と考えてみた。

で、調べてみたところ、そんなことは成り立たない事がわかった。

もし、通貨が同じだったら、金利の高い国にお金がすべて集まってしまう。

たとえば、日本は長期で預けても0.1%とか金利が低いがカナダでは3%とかあったりする。もし、通貨が一緒だったらみんなカナダの銀行にお金を預けるだろう。そうすると、資金は金利の高いところにすべて集まるという事になる。

しかし、通貨が違うためカナダの銀行に預けるという事は資産が目減りするリスクも抱える事になるから、すべての資金が集まるという事がなくなるわけだ。

それに、お金の量も国によって違っていて、お金を印刷しすぎるとお金の信用がなくなったりするので、各国の裁量によってコントロールしているみたい。

詳しい事はよくわからんが、自国の通貨を持つということはとても重要なことのような気がしてきた。

そういえば、ヨーロッパでは主な国が集まって数年前にユーロに統一した。

よく考えると通貨を統一するなんてすごいことだよなあ。

これによってヨーロッパのお金がものすごい強くなった印象があるのだが実際どうなのだろう。ヨーロッパ内での金利とかみんな統一されているのだろうか。それとも、金利が国によって違っていてお金がどこかに流れたりしているんだろうか。そういえばイギリスは独自のポンドを守っているなあ。島国だから利点が少ないと考えたのだろうか。それとも地理的に隔離されているから、お金の流通にも一定の独自性、利点が保たれるのだろうか。お金ってそこで使えない通貨持っていても意味ないからなあ。日本も島国だから日本円には特別な何かがあるのかもしれない。でも、今はネットで一瞬のうちにお金が動かせたりする事も可能な時代だからなあ。

いろいろと疑問は尽きない。

たとえ人から答えを聞いても本当かウソか判断できない。

年金生活者の労働力が若者にとって脅威

4月 22nd, 2010

企業にとって労働者の賃金が安いほうがよい。

企業はグローバル化して、世界中で労働者を雇う事が出来る。

生活費が安くて済む地域の労働者を雇えば賃金が安くて済む。

だから、企業は安い労働者を選ぶ事ができるが、労働者は住む地域を選べないので、労働者にとっては不利な面が多い。

だから、日本の労働者は貧困にあえぐ。

その時代が長く続いたから、自民党のような企業に有利な政策ばかりを持ち出してくる政党は国民から見放された。

そんなことを考えていたら、ふと思いついたのが、年金生活者の労働力が若者にとってとても脅威なのではないかと言う事。

日本の年金生活者は、毎月お金が振り込まれるのである程度の生活は出来るだけのゆとりがある。

だから、年金生活者は低賃金で労働をする事ができる。

たとえば、年金生活者が田舎に引きこもって野菜などを作って安く売り始めると、年金をもらっていない若者は太刀打ちができなくなる。

大学の講師のアルバイトなども、定年退職した教授などが小遣い稼ぎで引き受けたりすると、とても若者は太刀打ちできない。

年金生活者は失敗しても生活は安泰しているのでびくともせずいろいろな事にチャレンジできる。

そういった年金生活者の労働力は若者にとってとてつもない脅威になっているのかもしれない。

平等な状態で労働力が競争できないのはよくないのではないだろうか。

しかも、人口比率が年寄りに偏ってきてこのままでは日本は破綻するだろう。

こういったことを解消するにはどうしたらいいのだろうか。

僕の考えたアイデアは、消費税をたくさん取る事である。

そして、税金を分配する時にうまく社会が回るように工夫すればよい。

若者の頑張りに有利な税金を配分する必要がある。

年金をもらっている年寄りが野菜を売るのと、若者が野菜を作って売るのだと、若者が野菜を作って売っているほうに支援するとか。

あとは、現在子供を育てている家庭というのは経済的には不利な面が多い。

だから、みんな子供を育てようとはしない。

その状況を解消するためにも子育てをしている家庭にもっとお金を分配する等。

あと、年金生活者が海外に逃亡した場合には支給額半額以下にしたらいいと思う。

こんな事書いたら年寄りに反発されるかもしれないけど、年よりは日本の将来を担う若者や子供の事を考えられるだけの知恵を持っていると思うのだが。

幼い死

4月 1st, 2010

うちの娘と息子は毎朝スクールバスに乗って学校に行っている。

その、スクールバスには学年や学校が違う子供達が乗っている。

その中の一人のわんぱくな7歳の男の子が亡くなったそうだ。

つい先日もその子が他の子を殴ったとかいう話を子供達がしていた矢先だった。

死因は火事で煙を吸ったんだそうで、母親とその男の子が亡くなった。

子供達にとってはかなりショックだったようで、不安な顔をしていた。

学校は違っていたのでそれほど親しくは無かった子供だったらしいが、ある日突然スクールバスからいなくなった。

死は本当に存在するのだと言うことを子供達も実感したようです。

ご冥福をお祈りいたします。