Archive for the ‘読書’ category

プラトニックセックスを読んだ

8月 23rd, 2010

飯島愛のプラトニック・セックスを読んだ。

妻に言わせると、以前古本屋で買って読んでいたらしいが、まったく覚えていない。

それほど印象に残っていなかったのか、つまらないと思って読まなかったのか。

飯島愛が亡くなってしまった今、古本屋で見かけて彼女の人生に興味がわいたので買ってきて読んでみた。

飯島愛といえば、AV界からタレントになった有名人。

Tバックが話題になった。

本の中身はいかにもゴーストライターが書いたと思われる洗練された文章。

過激で派手な生活。

彼女は理不尽な厳しい親から逃げるように非行に走り、生きていくために金とセックスに束縛された。

金は生きていくために必要だったのだが、いつのまにか欲しいものを手に入れるための手段になる。

本当に欲しいものが何だったのかきっと忘れてしまっていたはずだ。

愛を求めていたセックスは、いつしか金儲けの手段となる。

そんなところには興味はない。

つまらない前半の部分がおわり、なぜかニューヨークで一週間過ごすあたりから面白くなった。

レズビアンの麻理子との出会い、ニューヨークでの生活を夢見るようになる。

そこから、まとまったお金が欲しいためにAV界、そしてタレントの世界へ足を突っ込む。

同じ目標をもった彼氏との出会い。

欲しいものを手にするためにギリギリのところであえぐ。

僕は不覚にも最後のあたりで泣いてしまった。

この本、文章が下手でもいいから彼女自身の文章で書かれていたほうが気持ちが伝わって良かったと思う。(ゴーストライターが書いたと決め付けてしまっているが。。)

きっと、そんなことなんてしないのも飯島愛というキャラクターなのだろう。

ちなみに、僕はこの本は以前全部読んでいたと思う。最後の辺りは読んだ記憶がある。

しかし、あまりにもまとまった文章と自分とあまりにもかけ離れた世界のためにリアリティーを感じることもなくその頃の自分にはまったくもって伝わっていなかった。

彼女は誰かからほんとうに愛される事を望んで終始動き回っていたのだと思う。そして、彼女自身は気付いていなかったのかもしれませんが、テレビを通じて多くの人に愛されていた。

最後に、プラトニック・セックスというタイトルはうまいなとおもいました。

民主主義は本当に正しいのか

2月 16th, 2010

引き続き、「国家の品格」の話。

この本、正直言って言っている事はハチャメチャだ。
納得できない論理の展開もかなりある。

しかし、そういうところは省いて読んだとしても、「はっ!」と思わせる部分がある。
だからベストセラーになっているんだろうと思う。

今回読んでいるところに出てきた命題は

「民主主義は本当に正しいのか」

ということ。
いつの間にか、僕達は民主主義が正しいと信じ込んで生きている。
しかし、この本の筆者に言わせれば民主主義は間違っているそうだ。

この発想なかったなあ。

例えば、政府の支持率が低下したり、上がったり簡単にする。
こんないい加減な考えしかできない民衆の判断で政治が行われたら、とんでもない事になるぞという内容だ。

過激だが、確かに一理ある。

この本の中では、戦争をしていた時は独裁政治だったように書かれているが、実はヒットラーなどは国民から90%以上支持されていたそうだ。
歴史って言うのは、今の世の中が正しいと思い込ませるために使われているんじゃないかと思えてくる。
本筋をしっかり見ないと歴史なんて勉強してもアホになるばかりのような気がする。

そして今、最も影響力があるのはマスコミ。
マスコミが民衆をどういう方向で導くかによって政局が変わってくる。
小泉さんがマスコミを利用するのがうまかったように、民主主義で何かを決めるときには、マスコミを利用する技術が優れていれば大抵のことはかなってしまう。

民衆に媚を売って、民衆ウケのいいことばかりしていれば(もちろん巧妙にしなければ逆にたたかれてしまう。)、国の行く末をあまり考えていなくても立派な政治家になってしまう。
その辺りは、政策よりもマスコミを使うという技術的な事が一番大事になってしまっている事を意味する。

多数決で決めるのが正しいのか、正しくないのか。
あなたはどう思いますか?
多数決では何時間も考えて投票された一票も、人に薦められるがままに入れた一票も同じ価値なんです。
そういった矛盾が放置されていてはいけないような気がしてきた。

多数決が必ずしも良い道を選択するわけではない事に気づけた事が、この本を読んで一つ勉強になった。

論理だけでは説明できないことがある

2月 12th, 2010

論理だけでは説明できない事がある

という事を聞いて、いろいろ考えてしまっています。

理論で何でも説明できると考えることは危険です。

例えば、戦争をしてはいけない理論を100個作れれば、

戦争をしていい理論も100個作れる。

戦争が良いか悪いか判断するのは理屈ではないということです。

論理で戦争が良いか悪いか判定しようとするから世界から戦争はなくならない。

僕がなぜ初恋の人にふられたのか、それも理屈ではなかったんです(笑)。

理屈ではないからあきらめるしかない。

もし、あなたが失恋をして悲しい思いをしているならば、理屈云々じたばたするよりも、きっぱりあきらめて新しい恋を探しに言った方がよいでしょう。

嫌いなものは嫌いなのです。それと同じであなたの事が好きな人も現れるでしょう。

そういえば「国家の品格」という本にそんな感じの事が書いてあったなあと思って、もう一度読み直すことにしました。

ぼくは以前、「国家の品格」についてぼろくそに書いたんですが、

http://mjsamurai.com/books/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%81%AE%E5%93%81%E6%A0%BC%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%82%93%E3%81%A0/

面白いですね。

今読むと、まったく筆者が意図していることが別のところにある事がわかってきました。
しかし、僕には高等すぎて理解できていなかったと思えるところがたくさんある。

「ゲーテルの不完全性定理」
正しいか正しくないかを論理的に判定できない

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%8D%E5%AE%8C%E5%85%A8%E6%80%A7%E5%AE%9A%E7%90%86

まったくわかりません。
もうちっと勉強が必要だ。

国家の品格を読んだ

5月 6th, 2009

国家の品格 (新潮新書)を読んだ。

大雑把に言ってこの本は数学者が日本の情緒や武士道の精神が重要だということを書いている本だ。

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この本の3分の1は賛成できる部分もあるが、3分の2は賛成できないというか、説得力に欠けていて読む気がしない。あまりにも決め付けて論じるところが多すぎて、その決め付ける根拠がまったく説明されていないというなんともお粗末な理論が多い。

例えば、人はなぜ人を殺してはいけないかという問いに対して「駄目だから駄目」で終わらせています。駄目だから駄目というのは、時々尊敬できない先生が僕に押し付けてくる何も考えていない時の理屈です。僕は、人を殺してはいけない理由も人それぞれだし、人を殺しても良い理由も人それどれだと思います。駄目だから駄目と言うのは何も考えないでいいから楽でいいですね。僕はもう少し考えながら生きていきたいと思います。

その延長線上で情緒とか武士道も論じられていて、情緒とか武士道はよいからよいということに決め付けられてしまっています。人によって情緒も武士道もとらえ方が違うだろうと思うですが。それに外国人に情緒や武士道が通じないというのも決め付けられていて、何でそこまで思考をシャットダウンできるのだろうと不思議に思いました。

ただ、この本の中で言っている日本人としての誇りを持ち、独自の価値観を育てるべきだという主張は大いに賛成できることだと思いました。説得力は無いけど基本的に面白い考え方を書いている部分もあるなあと思います。