Archive for the ‘つれづれ日記’ category

寝たきり

9月 3rd, 2010

4年ぶりにカナダから帰ってきた。

寝たきりのおじいさんに会いに行った。

父親が手続きをしている間に、僕と息子だけおじいさんの病室にはいった。

病室は4人部屋で、他にも寝たきりの老人がいた。

僕は、看護婦さんに挨拶をして、おじいさんの様子を観察した。

目が遠くを見ているような感じで、マスクをしていた。

食べることができないので、食堂に穴をあけて栄養を流し込んでいる。

そういった栄養補給の管を手で振り払わないように、手はベッドに縛り付けられている。

僕はそういった状況を息子に説明していた。

すると、息子が

「シー、他にも人がいるから小さい声でしゃべらないといけないよ。」

と言った。

僕は、

「他の人も何も分からなくなっているから、大きい声でしゃべっても大丈夫だよ。」

と言った。

息子は、独特の雰囲気の漂う病室でなんとなく納得していないような表情をする。

隣のベッドの老人は有料テレビをつけてボーっとながめている。

テレビの内容が分かっているのか怪しいものだが、料金だけはカタカタと落ちている。

突然、カーテンで囲まれたベッドから話し声が聞こえてきた。

看病をしている女性が老人に語りかけているようだった。

僕は先ほどの失言を思い出して、「あちゃー。」と思ったが手遅れだった。

なんとなく寂しそうな女性の影がカーテン越しに見えた。

息子はこの女性の存在に気付いていたのかもしれない。

もし、本気で看病しているのだったら大変だなと思った。

僕はおじいさんの眼をみた。

おじいさんはしゃべれない。

ただ、時々僕の眼を精気のある眼で見つめ返す時があった。

「これはとうちゃんのおじいちゃんだよ。」

と息子に説明しているときに、おじいさんは体を少しずらし、僕達の眼をじっと見つめ返してきた様な気がした。

もしかしたら、ひい孫を見て喜んでいたのかも知れないと思った。

ただ、精気のある眼も長くは続かない。

遠く別の場所を見つめる眼に戻る。

僕は、おじいさんの手を撫でたり、体を触ってみたりしながら意外に骨格が大きい事を知った。

僕のよく知るおじいさんは20年前、雨の日は決まって高校まで車で送ってくれた。

高校卒業の時にはお祝いに革靴を買ってくれた。

将棋が強かった。

お金の管理がしっかりしていて無駄遣いをしなかった。

正月には餅つきをしていた。

この延命医療がなければおじいさんは自然死をしているはずである。

この状態で生きていて意味はあるのだろうか。

涙も枯れ、意思表示をする事もできず、ただただ呼吸とせきと、糞尿をするだけ。

この医療のために国は年間一人当たり3~4百万円ほどのお金をだしているそうである。

一旦病院に入ってしまうと僕たちに選択肢はない。

このような老人を何万人も抱えているだろう日本。

いろいろな感情がめぐるが、生というものをもっと真剣に考えなくてはいけないのかもしれない。

時代と共に僕達の死は確実に変わってきている。

野良犬の親子

8月 28th, 2010

狭い山道を原チャで走っていたら、野良犬がいた。

いかにも野犬という感じで、げっそりとやせ、怖い雰囲気をかもし出していた。

うかつに近くを通って噛まれてはいけないのでクラクションを鳴らして威嚇した。

追いかけてきたらすぐに逃げれるように下りのほうにハンドルを向けている。

意外にも、その野良犬はおとなしく道の脇へ入って行った。

僕は犬との距離を十分に保ちながら山道を通過した。

すると、今度は幼い野良犬が下ってきた。

僕は、先ほどと同じようにクラクションで威嚇したが、逃げない。

様子を見ていると、先ほどの野良犬と同じ道の脇に入っていった。

あれは犬の親子だなと思いながら、僕は山道を原チャで登った。

» Read more: 野良犬の親子

パンツの穴

8月 12th, 2010

カナダでまとめて買ったパンツに穴があきはじめた。

ボクサータイプとブリーフタイプの中間くらいのタイプで、サッカーをする時に大事なものがぶらぶらしないので、結構気に入って使っていた。

だけど、酷使しすぎたのか、ちょうど大事な袋のあたりに裂けたような穴ができた。

しかし、穴は小さいのでまだはけるだろうと思って使っていたら、袋がヒリヒリしてきた。

歩いているとすこしだけ、袋が出てしまい、そこがこすれて痛いのだ。

6着ぐらいあったのだが、全部少しだけ穴があいてしまい、捨てる事になった。

残念。さようなら。

ふわふわ

7月 29th, 2010

階段を降りて駐車場に向かっていたら、ふわふわとした塊が空中を浮遊していた。

腰の辺りに浮遊していたので、ぶつかりそうだった。

少し急いでいたので、そのふわふわした白い塊をまたいだ。

またいで振り返ると、そのふわふわした白い塊はどこかに消えていた。

あのふわふわした塊はなんだったんだろう。

僕ははじめは植物の種が浮遊しているのかなと思っていたのだが、手のひらくらいあったので、今考えると少し大きすぎたような気がした。

僕は、見失った白い塊が僕のズボンに付着しているのじゃないかと気にしながら、足の後ろを気にしながら階段を下りたが何もついていなかった。

なんとなくゾ、ゾーとする感覚に襲われた。

とにかく車の運転にはいつもより気をつけた。

娘の鼻血

6月 11th, 2010

僕も小さい頃よく鼻血を出していたのですが、娘もよく鼻血を出します。

おそらく、遺伝的に鼻の中の粘膜が弱いところがあるのでしょうね。

大きくなるに従って脂肪やらついたり、皮が厚くなったのか鼻血が出ることが少なくなりました。

鼻血の出るパターンは決まっていて、部屋の窓を閉め切って暑くして寝ていると鼻血ドバッとなるようです。

我が家の布団はだいたい血に染まった布団になってしまってます。

» Read more: 娘の鼻血

のど仏の夢

6月 9th, 2010

今日は面白い夢を見た。

というか、実際には怖い夢だったんだけど、あとから考えると面白かった。

まず、誰かと僕はけんかをしていた。

» Read more: のど仏の夢

親知らずの抜けた穴

6月 1st, 2010

最後の親知らずを抜いて一週間以上がたった。

親知らずを抜いた後に大きな穴が空いている。

ここには食べ物が詰まったりして不便なのだが、数ヶ月したら埋もれてくるはず。

ちょっとの間我慢だ。

しかし、その穴を使って面白い事ができることを発見した。

その親知らずの抜けた穴は、ナナメほっぺがわにあるのだが、そこに頬の内側の肉を吸い付かして離すと、

「プチュッ」

と面白い音がするのだ。

ちょうど、便器の吸盤を使ったパコパコするのと同じような感じ。

昨日そのことに気がついてから、時々プチュッと音を鳴らしている。

今日の朝、なぜか朝5時に目覚ましが鳴って起こされた。

妻は子供のおやつを作る予定だったらしいのだが、そのまま寝ている。

起こされた僕は暇なので、妻を目覚めさせるために耳元でささやいた。

「親知らずの抜けた穴で音を鳴らすことができるで。

プチュッ。

プチュッ。

プチュッ。

すごいやろ?」

得意になって妻の耳元で何度かやっていたら、言われた。

「うるさい!」

って。

そりゃうるさいわな。

でも、穴が埋まったら出来なくなるんで今のうちにできるだけ鳴らしておきます。

現在の特技 プ チュッ。

幼い死

4月 1st, 2010

うちの娘と息子は毎朝スクールバスに乗って学校に行っている。

その、スクールバスには学年や学校が違う子供達が乗っている。

その中の一人のわんぱくな7歳の男の子が亡くなったそうだ。

つい先日もその子が他の子を殴ったとかいう話を子供達がしていた矢先だった。

死因は火事で煙を吸ったんだそうで、母親とその男の子が亡くなった。

子供達にとってはかなりショックだったようで、不安な顔をしていた。

学校は違っていたのでそれほど親しくは無かった子供だったらしいが、ある日突然スクールバスからいなくなった。

死は本当に存在するのだと言うことを子供達も実感したようです。

ご冥福をお祈りいたします。

38歳

2月 6th, 2010

38歳とはなんだか不思議な響きだ。
え、もう?
みたいな。

さっき、同僚からいつの年代が一番よかったかと聞かれて、

30代が一番いいと答えた。

将来的には60代が一番ハッピーに過ごせる年代のような気がする。

60代くらいになるといろんな束縛から解放されいろいろ自由に考え行動できるのじゃないかなと思うし、そうなりたいと思う。

考えてみると、10代は成長するために必死だった。いろいろな事を言われるがままにやらなければならなかったし、自分でできる事なんてあまりなかった。

20代は思っていた以上に自分に実力がなさ過ぎて思ったことがあまりできなかった。
遊びや女性やいろいろな誘惑への雑念が多かった。
いろいろなしょうもない事と格闘してしまっていたような気がする。

30代になって家族というものへの責任が大きくなって来たが、自発的に行動して少しは何かしら自分のやりたいものへ近づけるような自分になって来た気がしている。
だけれども、いろんなことが実力不足である事を実感している。

これから未来の事はわからないが、このまま、60代まで成長する事ができたなら、一番60代くらいにハッピーな状態になれていそうな気がする。

18歳から大人になったと考えると、それからたったの20年しか経っていない。
80歳まで生きるとして残りまだ40年。
このタイムリミットの間に何ができるか、もうちょっと真剣に考えないといかんのかな。

人はそれぞれ自分の時間を生きていて、それぞれ違った時間の使い方をしている。
どうやって生きてきたかが大事になってくるのかな。

なにはともあれ、こんな無愛想な僕にも誕生日おめでとうと言ってくれる人がいることに感謝しております。
残りの人生はもっと素直に生きよ。

久々に見た海

12月 26th, 2009

ロードアイランドの海岸
僕は海の見える町で育ったので、海は見慣れているんだけれども、モントリオールに移り住んでからは海を見ることがとてもまれになっていた。
たまたま出張で訪れたアメリカの町で、2年以上ぶりに海を見たときには何かしら落ち着いた気持ちがしてきた。

大きな波を避けるために、防波堤のようなものはどこの国でも作るのだなとか、いろいろ考えながら、カモメがのんびりしている姿を眺めていた。

かもめ

防波堤の先まで行き、僕は大声を出してみることにした。

「わぁーーーーーー!」

一回目はなんとなく失敗したような気がしたので、2回大声を出してみた。

よく考えると意味もなく大声を出すことは早々あるものではないので、心の中がすっきりした気持ちになった。

カモメがびっくりするかなと思ったが、そうでもなかった。

彼らには僕の大声なんかよりももっといろいろな危険が隣り合わせなのかもしれない。