インターネット検索最大手の米グーグルが進める書籍検索サービスについて、詩人の谷川俊太郎さん、作家の三木卓さんらが30日、東京都内で記者会見し、著作権侵害の恐れがあると危機感を訴えた。
谷川さんは「利用に応じてどれだけの著作権料が支払われるのかが不透明。グーグルはやり方が一方的で、グローバリズムのごうまんさを感じる」。三木さん は「ネットは公共のものというイメージがあるが、ネット上でどう作品を扱うか決めもしないのは納得がいかない。一種の文化独裁だ」と怒りをあらわにした。
ソース http://www.asahi.com/national/update/0430/TKY200904300285.html
著作権に関してこういう話題があるのだが、う~ん。
こういうことを書いたら怒られるかもしれないが、それを承知の上で書くと、この人たちはせこいし、時代遅れだね。
僕は著作権を主張して、メディアで取り上げられたものばかり、作品としての利益を得ることにすごく不満がある。
本来、CDやDVD、印刷物として出版しているものは所詮コピーだ。
本物のライブとは違う。そんなコピーでお金を儲けようなんて虫が良すぎる。
これはアメリカ独特のシステムで、効率よくお金を稼ぐアメリカンドリームの象徴だろう。
そのせいで本物の文化が育たなくなっているのがアメリカだ。
例えば、下手なCDが何万枚売れるよりも地方の小さな音楽バンドのコンサートにお金を払って人が集まるほうがよっぽど音楽文化の発展に貢献すると思う。
そうやって切磋琢磨して産まれてくるからオリジナルな、独特の音楽がたくさんうまれ、それぞれのよさがたくさんうまれるのだと思う。
CDやDVD、本などのコピーの量産で儲ける考え方はそういう多くの人たちの権利を迫害している。
アメリカは日本より100年ほど先を進んでいるので、そのあたりの弊害を自覚して、著作権ばかりを重視して、いろいろな文化がいろいろな人に伝わることを阻害していることに気づき始めている。
だから、著作権が保護されるのが50年というのは長すぎると考えている人が多い。
また、メディアから一方的に流される情報をつまらないという事に気づきはじめている人が多くなってきている。
現に、ユーチューブやネットのコンテンツなど自分で探して、自分の好みに合った楽しみ方を模索するように、社会は変わってきている。
グーグルのような媒体を使って誰でも情報をいろいろなところから得ることができ、いろいろな情報を楽しむことができるというのは当然の流れじゃないだろうか。
そもそも、著名な人たちは、著作権という儲けの手段の上にあぐらをかいてしまって、本当の情熱を失ってしまっている。
本来、作品を出す人たちは多くの人たちに喜んでもらうために作ったはずだ。
なのに、より多くの人たちに公開されることをお金の問題としてだけ捉えているのは、正直狭いなと思ってしまう。
ま、別にそれはそれで人によって考え方が違うのだからいいけど。
ブロガーなんて一銭も儲からないのに、いろいろな人に面白い文章を書いている人がいて、そういう人たちこそほんとうの文化人なのかもしれないなとおもう。