妻が、とあるブログか何かで、文系と理系の人の傾向を書いている文章を読んで来て教えてくれた。
理系の考え方は
ある事がらに5%の間違いがあった場合、正しいとは言わない。
しかし、文系の考え方では
ある事がらに5%の間違いがあった場合、大体正しいという言い方をするそうである。
で、あるから理系の人とコミュニケーションする時は、理系の考え方を理解する必要がある。云々。。。
という事が書かれていたらしい。
僕はこれは全然違うなあという事で、いつもの論調で反論し始めたわけである。笑
ちなみに妻も僕も理系だが、妻は僕ほど理系的な考え方はしないと感じているらしい。
そもそも、文系、理系がこうだというわけ方は間違っている。
上記の5%云々という事は、本当は、
「論理的に思考できない人」と「論理的に思考できる人」の違いであると思う。
5%の違いをよしとする考え方は、そのものについて単純に真剣に考えていない。
例えば、幹細胞を使った治療があるとしよう。
その治療を受けて治るかも知れないが、5%の確率でガンになるとしたら、その事について「大体大丈夫です。」と患者に説明するだろうか?
そんな事はありえない。
例え文系の事がらだって、5%の違いにこだわらずにいい仕事はできないと思う。
例えば、法律とか経済、芸術のこととか、何もこだわらずに済ましてしまっていると発展も進歩もない。
5%の違いにこだわるからいい仕事ができるんじゃないだろうか。
僕が言いたいのは、5%の違いをうやむやにして、あまり考えない方が良しとする考え方はおかしいということだ。
もちろん、すべての事を真剣に考える必要はないと思うし、5%の違いを柔軟に考える必要性はコミュニケーションを円滑にすすめる際には必要だとは思う。
何でもかんでも真剣に取り組む事が嫌がられる風潮があるけれども、僕はあつくるしく思われようが自分の感じている5%の違いを大事にしたいと思うのである。