今日、7歳の娘が学校で3人の男から告白されたらしい。
恥ずかしがって嫌だったと言っていたが、もうそんな話題も出る頃なのかと、面白くなった。
僕も、よく女の子から告白されていたことを思い出し、
「とうちゃんは相手を傷つけないように断る方法をいつも考えてたわ。断り方は100パターンくらい用意しとかな。」
とアドバイスをしておいた。
僕も娘もどちらかというと美形とは言いがたいのだが、なにかしら人をひき付ける要素があるのだろうか。
なんて事をほざいていたら妻が爆笑していた。
今日、7歳の娘が学校で3人の男から告白されたらしい。
恥ずかしがって嫌だったと言っていたが、もうそんな話題も出る頃なのかと、面白くなった。
僕も、よく女の子から告白されていたことを思い出し、
「とうちゃんは相手を傷つけないように断る方法をいつも考えてたわ。断り方は100パターンくらい用意しとかな。」
とアドバイスをしておいた。
僕も娘もどちらかというと美形とは言いがたいのだが、なにかしら人をひき付ける要素があるのだろうか。
なんて事をほざいていたら妻が爆笑していた。
今日、トイレに行って用を足していると、あそこの皮に激痛が走った。
めちゃ痛い。
脳天に突き刺さるような痛みが走り、身動きができなくなった。
最初は何が起こったかわからず、小さなワニにでもかまれたかと思ってよく見てみたら、ズボンのチャックが引っかかっていた。
ちょっとでも動かすと痛みが増すのだが、何もしなくても痛い!
とにかく早くはずしたいのだがあせると引きちぎられてしまうかもしれないので、痛くない方法を探る。
まだ、チャックを上げようとしてなかったので、何が起こったのか冷静に考えてみると、チャックのつまみの部分が倒れた拍子にかんでしまったらしい。
冷静に、チャックを逆側に倒して脱走することができた。
あのままあせっていたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
痛みのあまりつま先立ちになってしまった自分をしばし反省しながら手を洗った。
最近、うちの妻が平気で僕の前で屁をこくようになってきた。
よく考えるとこんなことは以前はなかったなあと思い、家族会議が始まった。
まず、大体いつぐらいから屁を夫の前でこけるようになったかということについて考察をした。
○4年前にカナダに来る前は夫の前で屁をこいていなかったらしい。
○結婚してから7年である。
○付き合ってから10年くらいである。
これらをトータルしてみると、結婚してから3年を過ぎる、もしくは付き合い始めてから6年くらいは彼氏、夫の前で屁をこいていなかったということになる。
最近では音を立てる技術まで身につく始末である。
ちなみに僕は結婚した時から普通に屁をこいている。
次に考察したのは、よその家庭でも妻が屁に恥じらいがなくなるのはこれくらいの期間なんだろうかということである。
それともうちが異常なのかということである。
僕たちの結論としては、結婚して7年経っても夫の前で屁をしない家庭が異常かもしれないという結論に向かいつつある。
最後に、臭いがなければいいのかという議論になった。
僕の主張は、臭いがなくても毒性があった場合、家族が危険だということである。
おならは臭いがしたほうが吸い込むのを避けられるので安全である。
プロパンガスなどに臭いがつけてあるのは安全のためだ。
つまり、臭いがなくて音もしないおならが一番有害な可能性がある。
かといって、音がして臭いのも嫌でござる。
精神的にきつい。
海外では日本の年寄りが正月にもちを食って10人くらい死んでいるという事が笑い話になる。
こんな危険な食べ物があまり注意書きも書かれずに出回っていることは問題なんじゃないかと思う。
しかし、面白いもので、モチよりももっと危険度の少ないこんにゃくゼリーなるものは販売禁止までの措置が取られている。
こういうことがあると政治的理由があるのかと勘ぐってしまうのだが、真相はどうなのだろう。
マスコミの取り上げ方によってダメージを受けるという事なのだろうか?
今日ニュースで、こんにゃくゼリーの危険度はアメと同程度だったという事が報告されていた。
こんにゃくゼリーは幼児と年寄りに特に窒息死の例が集中しているので年齢との関連性が強いらしい。
アダルトビデオなどと同じように年齢による規制をすれば販売してもいいんじゃないだろうか?
僕の結論でした。
もちに関してはもっと人が死んでいるという報道をするべきじゃないだろうか。
巷で販売されている製品が危害を及ぼすのだから、少なくとももっと注意して食べるように注意書きなどないと販売してはいけないなど、こんにゃくゼリー並みの厳しさがむしろモチにもあってもいいような気がします。
もち米の場合は自分で加工するのだから問題ないと思うが。
鳩山首相が実母から、12億円以上の資金を提供されていた問題が大きく取り上げられている。
鳩山首相の母親の実家がブリジストンの創業家の石橋家らしく、莫大な資産を持っているらしく、ここが鳩山首相の政治資金源となっているようだ。
今回の問題では、企業献金ではなく、資産贈与という形で法律的には問題がなかったようだが、企業献金を禁止した目的から考えると鳩山首相には政治的モラルがまったくないということがよくわかる。
そもそも、企業献金は企業からの資金提供を受けて、一部の企業に対して有利な政策をするのをやめようということからはじまったはずだ。
しかしながら、鳩山首相のように企業の親族から贈与という形なら問題ないということになった。
つまり、企業は親族を政治の世界に送り込めば好きなようにやれるということである。
一般の政治家は企業献金を受けることが出来ないわけだから、大企業の親族は政治の世界でより有利に活動できるというとんでもない状況であることが浮き彫りになった。
企業献金を禁止するなら、親族からの贈与も禁止にしなければ意味がないのではないだろうか。
僕が子供の頃にコンバトラーVと言うアニメがはやっていた。
5つの車や飛行機などが合体してロボットになるというヒーローものだ。
コンバトラーVの超合金なるものが販売されていた。
超合金などという子供心をくすぐるネーミングで、しかもアニメのように5体のばらばらのパーツが合体すると巨大なロボットになると言う仕組みだ。
当然、子供の夢は5つの超合金をすべて集めてコンバトラーVを完成させることになる。
うまい商売を考えたものだ。
僕も当然コンバトラーVが欲しくて親に買ってもらった。
しかし、僕は5体のうち、靴の部分に当たる超合金一体しか手に入れることができなかった。
友達が5体すべて手に入れて、巨大ロボットを作って自慢しているのを横目に、僕は靴の部分の車しかもっていなかったのだ。
5体も欲しいなんていえる状況ではないことは子供ながらに感じていたので、我慢した。
ある日、友達の四体を借りてコンバトラーVを完成させてもらった。
しかしそれはするべきではなかった。
その屈辱感というかなんというか。
嫁を寝取られたような気持ち悪さだった。
それからの僕はコンバトラーVで遊ぶことはなかった。

僕は海の見える町で育ったので、海は見慣れているんだけれども、モントリオールに移り住んでからは海を見ることがとてもまれになっていた。
たまたま出張で訪れたアメリカの町で、2年以上ぶりに海を見たときには何かしら落ち着いた気持ちがしてきた。
大きな波を避けるために、防波堤のようなものはどこの国でも作るのだなとか、いろいろ考えながら、カモメがのんびりしている姿を眺めていた。
防波堤の先まで行き、僕は大声を出してみることにした。
「わぁーーーーーー!」
一回目はなんとなく失敗したような気がしたので、2回大声を出してみた。
よく考えると意味もなく大声を出すことは早々あるものではないので、心の中がすっきりした気持ちになった。
カモメがびっくりするかなと思ったが、そうでもなかった。
彼らには僕の大声なんかよりももっといろいろな危険が隣り合わせなのかもしれない。
アメリカに来てみての本題はここからです。
アメリカに来てみてまず思ったのが、すべてが効率よく出来ていること。
高速がよく整備され、モールが各地にあり、人々は適度に離れて暮らしていて生活に不便を感じることがない。
特に、車椅子でも通れるところがいたるところにあり、人に優しい。
大学も整備されていてきれいだ。
でも、何か物足りない。
何が物足りないんだろうなとよく考えてみたら、