今娘が学校で時計について習っている。
うちの娘はめちゃくちゃ絵を描っくのは上手なのだが、数字に関わる事は苦手なようだ。
対照的に息子はめちゃくちゃ数字に強く2歳近く上の娘よりもよく理解している。その代わり絵は苦手。
同じ環境で育っても興味が異なればここまで頭の中が違うのかと思う。
で、僕もみかねて少し勉強を教えたりする。
まあ、勉強というのはできる事を繰り返しやらせて自信をつけさせる事が一番大事じゃないかと思う。
自信さえつけば教えなくても自分で勉強するようになるだろう。
できない事をいやいやながらやらせるよりもいいと思う。
で、時計を教えるのだが、子供はまだ時間という概念が頭に入っていない。
しかし、よく考えてみると時間というものはおかしなものである。
なぜ一日が24時間、一時間が60分と決められているのだろうか?
それは、365日24時間60分60秒なんて社会で他の人と話す時に伝わるように決められたルールなだけである。
例えば、日本とアメリカとヨーロッパで時間の単位が違っていたら時差などもあるし大変なことになっていたことだろう。
もしも、一日が12時間、一時間が120分だったとしたらもっとゆったりした生活をしているかもしれない。
一日のうちに一周しか時計が回らない。
朝3時におきて11時くらいに寝る。一時間が2時間分あるので大分アバウトな感じになるだろう。
もしも、一日が48時間、一時間が30分だったらかなり忙しい生活をしているかもしれない。
一日のうちに時計が4周もするわけだ。
「16時間も寝ちゃったよ」とか寝すぎな気がして、15時間、14時間、ついには10時間睡眠が標準睡眠時間になってしまうのではないだろうか。
なんていうのだろう。なんか人間てついついキリのいいところで考えたがると思うので、もし時間の刻み方が違っていたら世界の様子が全然異なっていたかもしれない。